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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)335号 決定

抗告人 高田民子(仮名)

右法定代理人親権者母 高田道子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は、「原審判を取り消す。さらに相当の裁判を求める」と申し立て、その理由は、末尾記載の「抗告の理由」のとおりである。

これに対し、当裁判所は、本件記録を仔細に検討審按して次のとおり判断する。

一、母を親権者とする嫡出でない子の監護及び教育については、たとい父が認知した場合であつても、親権を行う母がこれをなすべき権利を有し、義務を負う、(民法第八一九条四項第八二〇条参照)のであつて、従つてかかる子に対してまず扶養をなすべきものは母であり、母がこの義務を尽すことができないときはじめて父が扶養の責に任ずるものと解するを相当とすべく、このことは、民法第八七七条一項第八七八条の趣旨に照すも明白であつて、これと同旨の原審の見解は、当裁判所においても支持するところである。しかして、抗告人の監護及び教育に要する費用、すなわち養育費は、あくまでも、子である抗告人に対する養育費であつて、抗告人の親権者高田道子に対する扶養料ではない。もし高田道子がその資産収入労務をもつて自己の生活を推持してゆくことができないならば、同人はよろしく自己の扶養義務者に対して扶養を求むべきであつて、たとい同人が永年相手方と内緑関係にあつたからといつて、その故をもつて抗告人に対する相手方(山田利一)の扶養の程度、方法を決定するに当り右事情を斟酌すべきでなく、どこまでも抗告人に即してこれを決定すべきである。しかして抗告人は現に高田道子の親権に服し、同人の許に養育されているのであつて、出生後かつて相手方の手許に引取られたことはないのであるから、この際相手方に引取扶養を命ずることは適当でなく、結局金銭扶養を命ずることが相当であつて、その額並びに給付の方法は、抗告人の扶養の必要、すなわち衣食住の費用は固より教育費等全生活の需要を考慮し、また相手方の資産収入等扶養の能力をも勘案して決定すべく、相手方が十分なる扶養能力を有することは、固よりその額並びに給付方法を決定する重要なる資料であろうがそれのみによつてこれを決定するのは穏当でなく、要するに扶養権利者、扶養義務者の双方について存する諸般の事情を斟酌してこれを決定すべきであつて、原判示によれば、原審は、これらの点を十分考慮の上決定したことが明らかであり、その判定も妥当であるので、抗告人が単に相手方が相当の資産家であることのみを強調して原審の判定を攻撃するのは当らない。

一、元来未成熟の子に対する養育費は、その子を監護、教育してゆくのに必要とするものであるから、毎月その月分を支給するのが通常の在り方であつて、これを一回にまとめて支給したからといつてその間における扶養義務者の扶養義務が終局的に打切となるものでもなく、また遠い将来にわたる養育費を現在において予測計算することも甚だしく困難であるから、余程の事情がない限りこれを一度に支払うことを命ずべきでない。仮りに一度に支払うべきものとしても、その計算方法はホフマン式により中間利息を控除すべきで、抗告人の主張するように、単に一ヶ月に要する費用をその養育年数に乗じて計算すべきでない。しかして本件においては、向う十五年間の養育費を一回に支払わせることを必要とするような特段の事情も認められないのであるから、原審が定期給付の方法をとつたのも至当であり、その期間並びに額につき、さしあたり「昭和三十一年五月から抗告人が義務教育終了するまで毎月金一万円を毎月末日限り支払うこと。」と定めたのも前説示と、当事者双方の資産、収入、生活程度、社会環境、経済事情等にかんがみるときは相当となすべきである。もしそれ右程度方法が将来の事情の変更により不相当となるときは、家庭裁判所は本件の審判を変更、または取り済し、さらに相当の程度、方法を定めるのであつて、(同法第八八〇条参照)原審判は、必ずしも確定不変のものでないから、この点を危懼するにはあたらないであろう。

また相手方が相当老人で抗告人の心配するような万一の場合が起つたとしても、抗告人は、相手方の遺産について、相手方嫡出の直系卑属の二分の一の相続権を有しているのであるから、(同法第九〇〇条参照)相手方に抗告人主張のような資産がある限り抗告人の養育には事欠かないであろう。

一、相手方が抗告人を認知した当時抗告人に何ら資産の一部を贈与していないからこそ、本件のように養育費を支払うべきものとの審判がなされるのであつて、もし資産の一部が贈与されていたならば、それは抗告人の財産として親権者たる高田道子がこれを管理し、抗告人の養育及び財産管理の費用は抗告人の財産の収益と相殺したものとみなすべきで、(同法第八二四条、第八二八条参照)本件のように全面的な養育費の請求は出来ない筈である。抗告人が、相手方の資産の一部を贈与しなかつた事実を捉えて、相手方を父親として無責任であるとか、原審が相手方に対し余りに寛大であるとか主張することは当らない。

一、また、抗告人は、原審判がその理由のうちに、「毎月郷里の弟からの一万円の送金と道子が菓子店の会計を手伝つて貰う五千円とで生活していることが認められる」と判示した点を捉えて事実に相違していると主張するが、原審は、この事実をもつて高田道子が抗告人の養育費の全部または一部を負担するに足ると認定したのではなくて、却つてその全部を負担するにたえない事由として説示したことが判文上明らかであるので、仮りにこの点につき事実の誤認があつたとしても、右は原審判の主文に影響を及ぼさないものというべきである。

また抗告人の親権者高田道子が現に一定の収入なく、殊に昭和二十五年ろく膜炎を患つて以来身体も虚弱になり、薬餌に親しんで医療代にも窮しているとしても、それは同人の扶養義務者に対して扶養を求める事由をなすことができるだけで、これをもつて抗告人に対する扶養料の額の多寡を云為することはできないであろう。

一、また扶養権利者が扶養義務者に対し扶養を請求するまでの間に支出された過去の扶養養は、扶養利権者の支出にかかるものは、たといこれが調達に多大の困難を感じたとしても、ともかくそれまで生活を推持し得たのであるから、扶養の性質上これが償還を扶養義務者に命ずることができず、また扶養権利者以外の者が支出したときは、場合により事務管理としてその者が扶養義務者に対してその償還を請求することができるだけであつて、これまた直接扶養権利者から扶養義務者に対して請求することはできないのである。本件において抗告人は過去六年分の扶養料として金七十二万円の支払を請求しているが、原審がこれを容れず、抗告人が本件審判の申立をなした昭和三十年十一月二十八日以降本件審判のなされた時までに限つて、同年十二月から昭和三十一年四月まで、毎月一万円づつ合計金五万円に相当する養育費は、これを相手方において負担すべきものとなし、その支払を主文第一項の同年五月から支払うべき養育費とにらみ合せて、同年五月末日限りと、六月末日限りとの二回に分割して支払うべきことを命じたのは、まことに相当であつて、将来の支払についても、義務教育終了するまでを一応認定し、その後は、抗告人の成長、生活状況、相手方の事情等の進展、変化を考慮して、やがての決定にゆだねたのは、賢明な配慮というべきである。

以上抗告人の理由とするところは、すべてその理由がなく、原審判には、事実認定の誤も、審判手続の不法もなく、まことに相当であつて、その他原審判取消の事由となるべき欠点を発見しがたいので、本件抗告は理由なく、棄却を免れない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大江保直 判事 草間英一 判事 猪俣幸一)

抗告の理由

一、相手方は土地、家屋、山林を多く所有し多額の収入もあり且つ、○○製作所○○製紙株式会社の株主であると共に総計四会社の社長の地位を占める所謂資産家であります、申立人の親権者高田道子は十七年間の永き間内縁関係にあり相手方はその母子の一生の面倒を見ると常に口癖の如く約束していたに拘らず、毫もその約束を果さず昭和二十九年十月八日千葉家庭裁判所において内緑関係を解消させられたのであります。

一、原審判主文第一項は実情に副はない審判であると思います、その理由は相手方は相当老人であり同人に万一のことがあつては折角の申立人に与えられた請求権も執行に由なきに至ります、殊に申立人は漸く本年四月より小学校第一年に入学したばかりで今後義務教育は約十年間続くのでありますが其の長き間相手方の誠意ある債務の履行は到底期し難いので、教育費として一時に金員の支払いをするよう審判を求めたに拘らず前顕の如き裁断を下したことに不服なのであります。

一、相手方が高田民子を認知した昭和二十六年頃自己所有の財産を相当処分したのでありますがしかるに相手方は右民子に何等資産の一部をも贈与して居りません、従つて父親としての無責任を暴露して居ることが窺知されます。然るに原審判は相手方に余りにも寛大であると思はれるので此の点にも不服であります。

一、原審判の理由中に「毎月郷里の弟からの一万円の送金と道子が菓子店の会計を手伝つて貰ふ五千円とで生活していることが認められる」云々と判示せられていますが右は事実に相違して居る認定でありまして弟より毎月一万円を送金して貰つている事実はありません又、道子も菓子店の会計を手伝つていたことはありましたが、現在はこれからも一定の収入はなく殊に昭和二十五年道子がろく膜炎を患つてからは身体も虚弱となり薬餌に親しんで居りこの医療代にも窮している次第であります。

一、以上の如き要するに原審家庭裁判所においては本件については事実の認定を誤つているのみでなく審判の手続についても幾多偏頗の取調方をなしているもので真実に合致しないものがあるやに思はれますので茲に抗告人をして更に上級裁判所の高明な裁判官各位の公正な御取調べを仰ぎたく抗告の申立をいたした次第であります。

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